神経調節性失神しんけいちょうせつせいしっしん
神経調節性失神は、血圧や心拍数の急激な低下により一時的に意識を失う「反射性失神」の一種です。立ちくらみや長時間の立位、恐怖・痛みによって引き起こされます。生命予後は良好ですが、再発防止の対策が重要です。
神経調節性失神とは?
神経調節性失神(Neurally Mediated Syncope:NMS)は、脳への血流が一時的に不足することにより意識を失う、最も一般的な「反射性失神」の一つです。自律神経の一時的な異常反応により、血圧や心拍数が急激に低下し、脳への酸素供給が一時的に不足して失神が生じます。
この失神は「血管迷走神経反射(vasovagal syncope)」や「状況失神(排尿、排便、咳嗽などに関連)」を含む広い概念であり、いずれも一過性で回復後に重大な神経学的後遺症を残すことはありません。
若年者から高齢者まで幅広い年齢層で発症し、特に10代〜20代の健康な若者にもよく見られます。失神に先行して、めまいや吐き気、冷や汗、視界が暗くなるなどの前兆が現れることが多く、意識消失は数秒〜数分で自然に回復します。
神経調節性失神は基本的に良性で生命に関わることは稀ですが、再発によって生活に支障を来すことがあり、交通事故や転倒による外傷のリスクも考慮する必要があります。
診断は問診と除外診断が中心で、特殊な検査(傾斜試験など)が行われることもあります。
原因
神経調節性失神の原因は、自律神経系の過剰な反射により、血圧の低下や脈拍の減少(徐脈・心停止)を引き起こすことです。以下に代表的な誘因と機序を示します。
血管迷走神経反射
- 痛み、恐怖、ストレス、注射や採血、長時間の立位などがきっかけとなる
- 迷走神経が過剰に刺激され、心拍数と血圧が低下
- 脳への血流が一時的に減少し、意識を失う
状況失神
- 排尿、排便、咳嗽、嚥下、発作性笑いなどの特定の状況で誘発される
- 腹圧や胸腔内圧の変化が自律神経系を刺激して反射的に血圧が低下
頸動脈洞反射性失神
- 頸部の圧迫や刺激(シャツの襟、髭剃り、回旋運動など)によって頸動脈洞が刺激され、反射的に心拍が減少し血圧が下がる
- 高齢男性に多くみられる
起立性失神
- 急な体位変換や長時間の直立により、血液が下肢に貯留し脳への血流が減少
- 自律神経の血圧調整機構がうまく働かないことで発症
交感神経と副交感神経の不均衡
- 精神的緊張や疲労、睡眠不足などが背景にあると、神経反射が過敏になりやすい
これらの機序はすべて一過性で可逆的なものであり、病態そのものが重篤な器質的疾患に由来することはまれです。
症状
神経調節性失神の症状は、発作の前兆、失神中、回復期の三段階に分けて考えられます。症状の出方や重症度には個人差がありますが、以下に代表的な症状を示します。
前兆(前失神症状)
- めまい、ふらつき:血圧低下による脳虚血の初期症状
- 視界の暗転、耳鳴り:視覚・聴覚系の血流減少による
- 吐き気、胃のむかつき:副交感神経の刺激による消化管反応
- 冷や汗、顔面蒼白:交感神経反応の変動により生じる
- 倦怠感、動悸:心拍数の変動に伴う
失神発作時
- 突然の意識喪失:通常は10〜30秒程度
- 身体の力が抜けて倒れこむ
- けいれん様運動を伴うこともあるが、てんかんとは異なり短時間で自然回復
- 脈拍は触れにくくなるか消失し、呼吸も一時的に浅くなる
回復期
- 意識は比較的速やかに回復する(数十秒〜数分以内)
- 混乱や記憶障害はほとんどなく、「気づいたら倒れていた」と表現されることが多い
- 発汗や疲労感、軽い頭痛が残ることもある
身体的変化の機序
- 迷走神経刺激により心拍数が減少し、血圧も低下
- 血液が脳に十分供給されなくなり、意識喪失に至る
- 血圧低下が優位な場合(血管抑制型)と心拍数低下が主な場合(心抑制型)、両方の混合型がある
高リスクの特徴
- 立ち上がり直後の失神、排尿時や入浴時の失神などは転倒の危険が高く、骨折や頭部外傷を伴いやすい
これらの症状は突発的に出現することがあるため、前兆があれば早めに座る・横になるなどの対応が有効です。
診断方法と治療方法
診断
- 詳細な問診
・発作の状況、前兆、体位、誘因(痛み、ストレス、排尿など)を詳しく聴取
・既往歴や薬物の使用歴も重要 - 心電図(12誘導)
・他の不整脈(徐脈、房室ブロックなど)の除外
・QT延長やブルガダ症候群など致死性疾患の評価 - ホルター心電図(24時間心電図)
・発作時の心拍やリズムの変化を捉えるために有効 - 傾斜試験(ティルトテーブルテスト)
・ベッドを起立位に傾けることで、誘発性の失神を再現
・血圧と心拍の変化を観察し、神経調節性失神と診断 - 血液検査・心エコー・脳波・MRIなど
・器質的心疾患やてんかん、脳卒中などの除外目的で行われる
治療
- 非薬物療法(基本)
・発作時の対応指導:前兆を感じたらすぐに座る、足を組む、腹筋に力を入れるなどの対処法を習得
・水分と塩分の十分な摂取(脱水予防)
・生活習慣の見直し:長時間の立位回避、睡眠不足やストレスの管理 - 薬物療法(症状が頻回または重度の場合)
・ミドドリン:交感神経刺激作用により血圧低下を防ぐ
・β遮断薬:一部の症例で有効とされる
・フルドロコルチゾン:体液量を増やす効果
・SSRI:自律神経の感受性を調整するために用いられることもある - ペースメーカー治療
・心拍停止が明らかで、心抑制型の発作が頻回に起こる場合
・通常は高齢者かつ薬剤無効例で検討される
再発予防教育
- 脱水予防、食事と睡眠の管理
- ストレス回避、トリガーの記録と回避法の練習
- 家族や周囲への周知と対応マニュアルの作成
正確な診断と生活指導が、再発防止とQOLの向上に寄与します。
予後
神経調節性失神の予後は一般に良好であり、重篤な後遺症や突然死に至ることはほとんどありません。ただし、再発率は高く、生活への影響が問題となることがあります。
良好な予後の理由
- 意識消失は一過性で、回復も迅速
- 後遺症や神経学的障害を残すことはまれ
- 構造的心疾患や脳疾患が原因ではない
予後を左右する因子
- 再発の頻度とタイミング(例えば運転中や階段の昇降中)
- 転倒による頭部外傷や骨折のリスク
- 高齢者では転倒後の寝たきりやADL低下の原因となりうる
QOLへの影響
- 外出や運転を控えるなど、活動制限により社会生活が制限されることがある
- 「また起こるのでは」という不安感による精神的負担
予後改善のための対策
- 再発を予防するための生活指導と環境整備
- 薬物治療やペースメーカー適応の判断
- 自己対処スキルの獲得と早期対応の練習
神経調節性失神は命に関わる病態ではありませんが、日常生活を快適に送るためには再発のリスク管理が非常に重要です。
予防
神経調節性失神の予防は、誘因の回避と自律神経の安定化を目指した生活習慣の見直しが中心となります。
生活習慣の改善
- 十分な水分と塩分の摂取:脱水予防と血液量の維持
- 睡眠をしっかりとる:自律神経の安定に寄与
- 規則正しい食生活と運動習慣
誘因の回避
- 長時間の立位を避ける
- 排尿・排便時の急な動作に注意
- ストレスや緊張の強い場面では深呼吸や座位での対処
前兆への対応
- 早めに座る、寝る、脚を組む、腹筋に力を入れるなどの物理的対策
- 冷や汗や吐き気を感じたら動作を止める
環境整備と教育
- 学校や職場での理解を得る
- 家族や周囲の人に発作時の対応を周知する
定期的な医療フォロー
- 再発がある場合には医師の診断と必要に応じた治療介入を受ける
予防には自己管理と環境の整備が不可欠です。
関連する病気や合併症
神経調節性失神は単独で発症することが多いですが、以下のような疾患や状況と関連することがあります。
起立性低血圧
- 長時間の起立によって血圧が急激に低下し、神経調節性失神と類似の機序で発症
- 自律神経機能低下が背景にある場合が多い
てんかんとの鑑別
- 短時間の意識消失とけいれんを伴う場合、てんかんとの鑑別が必要
- 神経調節性失神では回復が速く、発作後の混乱は少ない
心原性失神との鑑別
- 徐脈や心室頻拍など心疾患が原因となる失神と区別する必要がある
- 心原性は突然死リスクが高く、見逃しは致命的となる可能性がある
精神的疾患との関連
- 不安障害、パニック障害などを併発している場合、失神を誘発しやすい
- 心因性失神との鑑別には専門的評価が必要
合併症
- 転倒による外傷、特に高齢者では骨折や頭部打撲が問題になる
- 発作に対する恐怖や不安が慢性的なストレスとなることもある
薬剤との関連
- 降圧薬、利尿薬、抗うつ薬などの影響で反射性失神が出現することがある
失神の背景にある疾患を評価し、正確に分類・治療することが、合併症の予防と安全な生活維持に不可欠です。
症状が気になる場合や、体調に異変を感じたら自分で判断せず、医療機関に相談するようにしましょう。
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■ 参考・出典
日本循環器学会「失神の診療ガイドライン」(https://www.j-circ.or.jp/)
MSDマニュアル プロフェッショナル版「神経調節性失神」(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional)
厚生労働省 e-ヘルスネット「失神」(https://kennet.mhlw.go.jp/home)
■ この記事を監修した医師
石見 成史医師 いしみ内科・心臓内科クリニック
大阪医科大学 卒業
父、祖父の代より60年以上、地元の健康を守るお手伝いをしてきました。
今まで循環器内科を専門として、心不全、冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)、不整脈、下肢閉塞性動脈硬化症(足の痛みや、足の傷など)を主に治療してきました。
これからは父が行ってきた診療に加え、胸の症状(動悸、息切れ、胸の痛みなど)、足の症状(足の痛み、傷など)などで困ることがあればいつでもご相談ください。
2011年3月 大阪医科大学卒業
2011年4月 大阪大学医学部付属病院 初期研修医
2012年4月 大阪府立急性期・総合医療センター(現大阪急性期・総合医療センター) 初期研修医
2013年4月 大阪大学医学部付属病院 循環器内科 入局
2013年4月 大阪府立急性期・総合医療センター(現大阪急性期・総合医療センター) 心臓内科
2016年4月 JCHO星ヶ丘医療センター 循環器内科
2019年7月 大阪南医療センター 循環器内科
2021年1月 医療法人 石見医院 継ぐ
- 公開日:2026/02/17
- 更新日:2026/02/17
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